魔女のベシーに言い分はある

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怒りのレッスン

詳しいことは伏せるに決まっているのですが、 その人は悪くないのだけど、「わき上がって来た怒りを自分なりに処理することに疲れ果てた」人の相談を良く受けます。 本当は何も悪いことをしていないのに、自分が気づかずになにか悪いことをしているから、攻撃されると思っているのが特徴です。

攻撃されること自体が、自分に非があるから、と考えてしまうのです。 だから、自分なりに、誰にも迷惑をかけないように、わき上がって来た感情を向き合わずに、処理することに長けています。 しかし、そうすると、自分自身の生きる喜びや生きる感覚をも失ってしまう場合があるのです。

悪意を引き出す性格をしているから、それを直したい、という風に考える方もいらっしゃるかもしれません。 いつ、どこででも、人に意地悪をされるというような理由で。 でも、そうじゃないのです。

悪意は意味なく受けることがあります。悪意を誘うようなことをしているんじゃないか?と考えていらっしゃる方もいますが、たとえば、その人が生まれつきお金持ちで妬まれる、ということがあったとして、その人に変えられることじゃないでしょう? 妬む方、悪意を持つ方が異常なので、自分を反省する必要はないのです。

怒りを、逃がす、なかったことにする、表に出さない、耐える、と言うことを繰り返して、自分の感情に鈍くなってしまい、その場から逃げられなくなったり、相談しても「そこにいて頑張ることが大事」というアドバイスを受けて、逃げることができなくなってしまっている人も多いのです。

いったん、そうなると、逃げるためには、勇気がいります。 でも、不可能ではありません。

まず、自分の「怒る」という感情を大事にしてください。 その感情は、あなたのからだの周りに、境界線をくっきりと引きます。 その中には何者も、侵犯できません。 そこはあなたの空間です。あなたはどんな感情を持ち、発露しても、誰にも妨げられない神聖な空間です。 怒るとその空間が、発生します。

怒らなければ楽かもしれません。流して我慢すれば良いだけですから。 でも、相手に怒っている嫁げる必要もまた、ないのです。 怒りのまま、距離を置くなど、冷静な対処をしていけば良いのですから。 怒りをなかったことにすると、距離を置くこと、用心することすらせず、何度も侵犯を許してしまうことになるでしょう。

怒りは悲しみ、と言う人がいますが、怒りは怒りです。悲しみは悲しみです。区別しましょう。 そんな風に誤摩化しているうちに、どんどん、弱っていきます。 怒りを悲しみに変換するのにもエネルギーがいるのに、さらに、加害をする人がいるからです。 加害をする人に対して怒る必要はありません。面倒くさいですから。

でも、あなたがあなたであるために、怒ることは大事です。それは外に飛び出すエネルギー、変革のエネルギーをもたらします。 自分の権利をきっぱりと守ることが大事です。 少なくとも、最初から、自分には怒る価値もない、とあきらめないでください。 きっと、あなたは素晴らしい人です。 素晴らしくないとしても、尊重されるべき人です。